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8月28日 行ってきます!!ご無沙汰です!!
試験の後、仕事やレポートに毎日忙しがった。なんとなく、息をする時間がないほど忙しかったと感じました。
といっても、レポート全部をやりましたとは言えない。三つの中で、一つのレポートしか終わらなかったです。会いたかった友達と会えなくて、頑張っていたのに・・・
やっと、今日は、メルボルンに行く、出発の日です!
興奮や、楽しみのあまり、荷物は三週間前からやり始めました。
だから、今日の準備は既に終わりました。
三週間の休みはどんなに楽しみにしていたか、想像できますか?1年半ぶりに帰国する心境を表す形容詞はないでしょう。
お母さんと皆に会いたい!
お母さんの料理を食べたい・・・と言えば、私の体重は大変危ないですね。また太っちゃうからね。
弟とワインを飲みたい!お父さんと散歩したい!Amyと買い物したい!皆と暖かい食事をしたい!!海を見たい、そして、メルボルンの美味しい空気を吸いたい!!
それは、今日から、三週間の中ですることです。
(当然ながら、レポートもやります。)
では、行ってきます!! 7月2日 悩みの時期最近、死ぬほど(精神的・肉体的に)疲れている。
先週火曜日、36.7℃の気温で、第二回目のテニスをやった。死ななかくてよかった!
試験やレポートのスケジュールも決まった。
以下の通りである:
7・11~社会の考え方B(子供と社会) の 試験 (一番心配している科目である)
~ドイツ語(講読) の 試験。
7.19~日本語(講読) の 試験
7.20~社会の考え方C(コミュニケーション論) の レポートの提出 (話題:自殺論)
7.22~日本語(文法) の 試験
~社会の考え方D(女性論) の 試験
7.28~ドイツ語(文法) の 試験
その他に、3つのレポートを夏休み後に提出することになった。
自信がない。復習する時間が足りない。それに、レポートのために、本を読む時間もないし・・・どうしょう?!
一方、オーストラリアへのチケットは買った。予定は8月28日出発、そして、9月18日に、日本に戻る。 3週間の夏休みでゆっくり休めるだろう。
その時まで、死ぬほど大変で、不安な日々が続きそうだ。 6月23日 夏+テニス=苦今週テニスをやり始めた。大変だった!健康に良いとは分かるけど、でも、なぜ夏に行うのだろう?! いよいよ、レポートの提出や試験の期間だ。大丈夫なのだろうか・・・なんか、心配だ。 どうられば良いのかが良くわからない・・・頑張るしかないのだ。(神様に任せるしかないなぁ~) 5月29日 ご無沙汰です!大学をはじめるから一ヶ月は経ちました。感想は「大変だ!」しか出って来ないです。 毎日6時くらい起きて、7時家から出かけて、8時過ぎ高尾に着きます。それで、授業は5・6時限まで取ってるので、毎日3時くらい急いで電車に乗って、職場に行って、5時から9時までの仕事を続けています。 その後、食事をして、家に帰って宿題や明日のものを用意することはかならずします。 そして、パッと時間は2時になってしまいます。 自分は本当にやりたいことはむしろ、友達とコーヒーを飲むや電話でしゃべることは出来なくなりました。 寂しいだろうかと思いきゃ、先週、職場の親友3人は月末帰国する、仕事を辞めることは気づいていました。もっと話したかった、会いたかったと言っても、もう遅いです。 けれども、大学での生活では、大変だけれども、昼休みに友達との話とか、体育に汗をかけることや、授業の中にたまにある面白いことなどから、なんとなくやる気が出るようになります。 それで大丈夫だろうか、試験やレポートを出すことができるのだろうか、と言う質問に心配はあります。 しかし、今更頑張らなければ、卒業式には出ないはずだぞ・・・・それなら、もっと大変じゃない。 毎日そう考えているから、駅の階段そして、大学内の階段を上ったり、この道に走っています。私だけではなく、そばにいるクラスメートや友達、そして、家族も一緒に走っているではないのかと信じています。 だから、頑張ります! このブログに何も書いてなくても、「頑張っているだ」と思ってください。 また、時間さえあれば、記事を書きますから、楽しみにしてください!!
4月6日 なぜ日記書いてなかったのか?
沖縄の記事を書いて以来、私はちょっと疲れました。 もっと頑張って書こうと思っていたが、なかなか気が進まなかった。 それから、二週間くらい日記や日本語をあまり書きませんでしたので、大変間違いが多いかもしれません。ですので、ご了承下さい。 先週から、今まで私は歯周病と戦っていて、また、花粉症の問題もありました。大変なことだった. 一番辛かったと感じた時はなんとか越えたが、今からもっと大変なことが待っているという気がします。 と言うのは、3ヶ月間、歯医者に見てもらわなかったせいで、私はこれから毎週行かざるを得なくなりました。歯周病というのは長い間治療を受けなければならない病気だといいますからね。 それに、いよいよ大学の入学式の日が来ます。木曜日です。 緊張のあまり、私はどんどん食べてしまいました。そして、学生登録帳のために撮った証明写真を見ると、もっと太ったような気がします。その上、前より老けているように見えると思います。悲しい~! これから、どうなるのだろう。そして、私は仕事と学校の両方を順調に維持することができるだろうか。 そのようなことを考えれば考えるほど怖くて、不安ばかりです。 けれども、今となっては前に進むしかないですね。 恋 ・・・ 昨日は私の弟の結婚記念日5周年でした。ですから、彼らの珍しい恋愛をちょっと話してみたいと思います。 さかのぼると、彼らは1992年の夏に初めて出会い、初恋がはじまりました。 二人の恋愛は時間とともに順調に成長し、深くなりました。しかし、私の弟が1996年に特性脳膜炎になって、人生は険しい道に入り込んでしまいました。 その時、今の奥さんは大学を卒業して、香港に戻ったばかりであった。 伝染病ですから、彼女の家族が彼女は弟のために、オーストラリアに戻ることに大反対でした。 両親の反対にも構わずに、お金のないくせに、高い航空券を買って、メルボルンへ戻りました。 その二日間、弟は病気という悪魔と戦っており、意識がなかった。 目が覚めた時、機嫌が超悪かった弟だが、彼女の顔を再び見たその瞬間、彼はぼろぼろ大粒の涙を溢しました。 彼は“もう二度と貴方の顔を見ることができなくなると思った・・・”と言ました。 私は決してこの場面を忘れることなく、ずっと詳しく覚えていました。 偉いなあーと思いました。誰が偉いのでしょうか?弟?それとも、義理の妹?私としては二人とも偉いと思います。 こういう恋愛はなかなかないでしょう。友達の恋愛苦情や自分の経験などから教えてもらうことによっては、絶望するものもあると思いますが。 けれども、恋にするか、夫婦や友達にするか、どちらの関係にしても、努力や忍耐や英語で言う“Give and take”は必要なものです。“それはわっかてるよ!”と言っても、本当に分かるのかしら。 多分、弟と義理の妹の愛は時間の実であるかもしれませんね。 彼らが持っているのは燃えちゃうくらい熱い愛ではなくて、成長した、気持ち良さそうに見える、冷静な関係であると思います。 良かったね。姉として、私は安心でき、大喜びで、“万年の恋愛のように”と祈っています。 次は子供の誕生でしょう・・・ 皆さんも、恋愛に負けないように、明日の幸せのため、頑張ってくださいね! 3月30日 沖縄 (Part 2)Day 3
今日は、私にとってスノーケリング初体験の日です。 昨晩は不安のあまり、よく眠れなかったので、諦めようと思いました。けれど、ポーラーに説得され、あまり眠れなかった状態にも構わず、勇気を持って、一人で恩納にあるNAGIというマリンクラブに行きました。
今朝の天気はちょっと曇ってたけど、暖かく、本当に良かった。 洋服のしたに水着を着て、運転しながら朝ごはんを食べました。 (また、おにぎりとコーヒーでした) 今日の海は最も青いような気がしますが。
青洞窟のスノーケリングという体験ですね。 実はこれまで、一体スノーケリングって何なのか私は全く知りませんでした。
不安を抱き、知らないままクラブに入りました。 まず、若者ばかり目に付きました。 その後、日本人と同じ顔をしていると思われたと思い、スタッフを探し始めた。 「すいません!あの、スノーケルの体験を予約しましたウェンディーと申します・・・・」とあるスタッフに声をかけました。 すぐに、別のスタッフが私に挨拶をして、申し込み用紙を私に渡して、そして、名前とサインを書かされました。 終わった後、ちょっとだけ待っていて、隣から細くて若く見える男が「バッチリと書きましたね!・・日本語は大丈夫ですね!」と笑い顔で言い出した。 「私は今日の担任です!よろしくお願いします!」 「・・・・あっー、はい!よろしくお願いします!」と私は答えていました。
頭がまだ動いていないせいで、彼の後ろにくっついていくことしかできなかった。 あれを持って、ここで待ってと色々なことを言ったが、私は周りの環境ばかりを見ていました。
次はチームの紹介でした。 今日は京都から来た夫婦と「ニック」というインストラクタと私の四人で体験をすることが明らかになりました。 ニックから説明を受け、ウェットスーツを着て、体験の場所へ出発しました。 興奮して、ニックが何を言っても私は笑っていて、馬鹿な顔をしてばかりでした。 クラブから5分くらい歩いて、橋に見えるものを渡って、険しい岩を手足を使ってよじ登り始めました。 景色がいくら綺麗と言っても、私は決して見なかった。 もしも、私が一歩間違えたら、そこまでだっ、と想像したから、足を踏むところしか見てなかった。 そして、いよいよ洞窟の入り口と出口があった。 入り口から入ったばかりのところで、「チャンプル!」と手でピースサインをして、ニックが私たちの写真を撮りました。
入った瞬間、岩ばかり見えたと思ったけど、海もちょっと見つけました。 けれど、影のため、あまり青く見えませんでした。 突然、私は波があることに気づきました。 それで大丈夫かしらと思い、岩を登りました。 やっと真ん中について立ち上がってた時、「ほら!見て!」とニックが声を出した。指さしていた方面を見ると空より青い海が目の前に輝いていました。 本当に綺麗だった。 それは神様の恵みであったに違いないと思いました。 ニックが言った通り、ここまで来て良かったと思いました。 波の強さを見るとニックが水に入るのを躊躇していました。 10分も立たないうちに、後ろから二つのグループが来ました。 皆が波が落ちつくまでちょっと待っていました。 ようやく、一人ずつニックと水に入って、最後に4人で水の底を見ました。 「わあ!!!」と言った瞬間、ちょっとの水が口に入ったが、一群の小さな魚を見て、心から私は笑っていました。
本当に、ここまで来てよかった!!
光陰矢のごとし、私はこの体験を良い思い出として記憶に焼き付け、意気揚々とホテルに戻りました。 ホテルに到着した後、シャワーした直後ポーラーと会って、子供のように興奮して今朝の体験を報告しました。 彼女は話を聞いたら、もし来年も沖縄にくるなら、ちょっと試してみたいなあ、と言いました。
そして、食事の後、二人は天気や太陽に影響され、上機嫌な心境で沖縄の北方に遊びにいきました。その中、今帰仁城跡や諸志ビーチ(AU のCM 「それぞれの夏 竹野内豊がムービー携帯片手に一人旅のCMに出た場所) と瀬底島にも行きました。
二人が一日でもゆっくりと過ごすことが出来て、良かったと思い、ホテルに戻りました。 戻るついでに、夕焼けの魅力を観想したかったので、「You Gotta Beach」という(又変な)喫茶店に入りまして、コーヒーを飲みながら、夕焼けを見、店長と彼の妻と話もしました。ここで、私は一つのことを考え込みました。
突然、私はいつの間にかそんなに外国人らしくなくなってきたかしらと思いました。 多分私は、他人に自分の出身や日本にいる理由を再び言うのは、もううんざりでしょう。
ちょうど8時に私たちがホテルに到着しまして、荷物を部屋に置いた後、直接食堂に行きました。 今夜はホテルの食事にすることになりました。運転する必要もないので、いっぱい酒を飲もうと私は思いました。 けれど、食前にポーラがジュースを頼んで、私だけビールを頼みました。 大変疲れたためか、一人で飲むのはつまらないからか、私は2杯しか飲みませんでした。 泡盛をいっぱい飲まなかった・・・・・残念!
Day 4 今日の天気は最高です! けれども、今日は沖縄にいられる最後の日です。 時間を惜しんで8時くらいに起きて、荷物を整理して、ホテルをチェックアウトしました。 沖縄での最後の朝ごはんはホテル前にあるコンビニで買いました。 私は車を運転しながら食べました。
今日のスケジュールは首里城と沖縄ワールドだけにすることになりました。 名護のホテルから首里までは1時間半くらい掛かりました。 もちろんナビも使いましたが、ナビが選んだ道はIC道路しかなかった。しかし、私たちはちょっとでも海が見たかったです。 ですから、海に沿って那覇に向かいました。
首里城に行くついでに、昼ごはんを食べるために喫茶店に行きました。
選択の余地はあまりなかったから、外面があまり面白くなく、控えめな店を選びました。 中に入った瞬間、なんか懐かしい感じがしました。 60年代と見えるデザイン、そして、壁の方には沢山の漫画や雑誌が置いてあり、テーブルの上に簡単なメニューが花瓶のそばに置かれた、暖かい喫茶店でした。 懐かしい雰囲気で、私は湯豆腐定食にを頼み、ポーラは懐かしくて長い間食べなかったハム・卵焼きトーストを頼みました。 そして、無言で、本棚の上に掛けられた50センチほどの大きいPlasmaテレビを見ながら、食事をしました。 (小さい喫茶店の中で大きいテレビが置いてあるのは、二人は本当にびっくりしました)
ようやく首里城に到着して、¥500の駐車場代を払って、さらに、首里の前にある受付でも料金を払って、やっと首里を見ると思いきゃ、首里殿の前に立った私は失望しました。 なぜかというと、修理のため、目の前にある首里は三分の一しか見えませんでした。 けれども、受付の方々はこれに対して、何も言いませんでした。 不満ばかりだった私が、しょうがないと思いながら首里城のあちこちで写真を撮ったり、周りを見たりしていました。 ポーラは言うまでもなく、あちこちで写真ばかり楽しく撮りました。
最後は、沖縄ワールドです。
首里城から30分くらい走ったところに、広い村が見えます。 外から見るとなんだかオーストラリアの老人ホームビレッジと似たような形をしています。 また、入場券を買って、入り口の前で写真を撮って、中の庭園を参観しました。 今回は私たちの意見は一意になって、直接石灰岩洞窟を見に行きました。 最初に階段を下りる時、蒸し暑いと感じましたが、小道に歩けば歩くほど涼しく感じるし、退屈な感じもありました。 私はあまり写真を撮らなかったので、20分くらいで洞窟のツアーは終わりましたが、ポーラは私より時間が掛かりました。 といっても、二人ともすぐにそういう洞窟は見たくなくなりました。
いよいよ、帰る時間になってしまいました。 今度は、簡単に「X]レンタカーが見つかりまして、車を問題なく返して、空港へのバスに乗って、航空券を持ってチェックインしました。 東京到着時間は大変遅くて、私たちは空港のレストランで食事をしました。食べるものは当然沖縄そばでした。私の場合はもちろんビールも頼みました。
ポーラは首里城で買った本を読んでいました。
それで、私たちの旅は終了しました。
全てを詳しく書いてあるわけではないですが、私の日本語でできる程度書きました。
この旅は始めての二人の女の旅ではないけど、なかなか二人のことを合わせるのは私にとっては大変なことでした。 性格の違い、興味の違い、そして、日常生活や癖のため、いらいらすることもありました。 けれども、もし相手が彼女じゃなかったら、多分そんなによくならなかったかもしれません。
車の中での悲しい相談話、面白い話、そして、私たちの未来や過去の話もしましたが、私だって、それは決して忘れるものではありません。 それは私のいい思い出の一部に残して、暑い夏にぎらぎらする太陽の下で、此の旅を思い出して、きっと心が涼しくなれるでしょう。 沢山食べたり、見たりするのは疲れるものであり、それなのに、帰った後一番辛かったのはこの日記のことでした。
大変良かった旅だったからこそ、私は全部を載せたい。 けれど、それは今の私ができるものではありません。 これだけ書くと随分時間が掛かりまして、沢山読ませて、本当に申し訳ありませんでした。
以上のことを読んだら、なんか沖縄の旅をしたくなりませんか? そして、友達との旅もしたくないですか? 確かに、二人の旅は楽しいこともあり、変なこともあり、面倒くさいこともあり、そして、二人の時間の調整の問題もあります。ですから、私の場合では、友達と旅する前にとにかく旅に関して、沢山話し合ってそして具体的にアイデアを書いておいた方がいいと思います。
皆さん、休みを取られるなら、是非この季節に行ってください(泳がない方はねっ)。 そして、二人より三人の方がいいと思います。 何故かと言うと、一人の飲み会にならないからです!!
3月22日 沖縄の旅 (Part 1)ただいま!! 大変お待たせしました!東京に戻った後ずっと忙しくて、沖縄の記事を書く暇がなかったです。こんなにたくさん書くのは本当に大変でした。随分時間が掛かりましたよ! 以下はその四日間のことです。もし暇があれば、是非読んでください。
Day 1
金曜日の夜は疲れたけど、興奮しすぎて3時まで眠れなかった。ですから、7時半に起きるのはとっても辛かった。 今日は10時半に浜松町でポーラさんと待ち合わせて、一緒に羽田空港に行くつもりでしたが、二人ともあまりに楽しみにしていたので、10時すぎに、浜松町に到着しました。 荷物を持って、470円の切符を買って、モノレールで羽田第2ターミナルまで行きました。私は沖縄でお土産をいっぱい買おうと思って、スーツケースを持ってきました。
羽田空港に行くのは、二人にとって初体験でした。 と言っても、私たちはバッとチェックインし、5階の店に行って、鳥から揚げの定食を食べました。ちょうど良い時間になったとき、改札に入りました。 今日のANAの控え室では、多くの客が中高生だったらしい。他の客は普通の20-50代の人々でした。 あまり待たされなかったため、すぐに皆が飛行機に乗り込んだ。 “狭い!!”と私は感じました。自分の体が大きいせいかもしれません。 もうすでに、私はちょっと疲れていました。ですから、乗ったばかりなのに眠くなりまして、30分も経たないうちに東京の空をなしにして、寝ってしまいました。 良い眠りができたが、首は左右に動いて、最後には痛くてたまらなかった。まだ若いのに、お祖母ちゃんの体という感じがしました。今年もっと運動しなきゃ!
予定通り、飛行機が15時40分に那覇空港に到着しました。 そして、「X」カーレンタルを探して、車を借りる申し込みをやって、保険のことをやりとりしている間、小雨が降りそそいできました。 雨にも構わず、時間を惜しんで琉球グラス工場に行き、アウトレットモールにも行きました。 明後日のスノーケリングのため、全モールで唯一のLサイズの水着を買いました。 やっぱり太ったら買い物の楽しみがなくなるわけですね。 その他に、弟の妻に二枚の冬の上着を超安く、買いました(Benetton製だった!)。
その後、那覇に帰る途中、お腹が空いたと感じていたときに、面白い店があった。
那覇から名護のホテルまでは1時間半くらい掛かりました。なぜかというと、知らない道に雨の夜を走るとちょっと危ないからゆっくり運転していたからです。 ホテル到着前にコンビ二に行って、水とチューハイを二本を買いました。 チェックイン時メガネを掛けていた男が笑顔で“202室です”と親切な声で言ってくれました。202室って・・・まあ、普通の部屋で、二つのシングルベッドが並んでいて、小さなテーブルが小さなキッチンシンクの前に置いてありました。
Day 2
もっと早く起きると思ったのに!!! 今日は小雨で、強い風が吹いています。 淋しい天気と思わずに、10時頃ホテルから万座毛へ出発しました。 (この時雨はまだ降り始めていませんでしたが。)
そして、海に沿って車を運転していた。「海はすごく綺麗だね! ・・・ わあー見て!」と私ばかりが言っていた時、ポーラの心配そうな顔もあった。きっと、「馬鹿な・・ウェンディー」と彼女が思っていてもおかしくないでしょう。
私たちが万座毛に到着したと同時に、2台の大きい観光バスも着きました。 突然、万座毛は賑やかになって、写真を撮るのも大変なチャレンジになってしまいました。 けれども、私たちも他の観光客に負けないように一所懸命あちこちで写真を沢山撮りました。
次は残波岬の灯台を見に行きました。高さ28mの灯台の恐ろしさは想像できますか。 確かに、メルボルンのCape Otwayの灯台はもっと高いような気がしますが、どう言っても怖いですよ!ポーラは登るのは無理だといって、私一人で登りにいきました。やっと展望台に着いて、両足が震えはじめて、強い風の揺れと共に、体が震えてしまいました。 其の時、頭の中で “とにかく写真を撮ろう!!”と思い直して慰めていました。 其の時一体何を撮りたかったのか全然忘れてしまって、残りは岩壁ばかりを撮ってしまいました。
あまりに怖過ぎたからお腹が空いてしまいました。 名護に戻る道を走って、海を見ながら運転をし、食堂も探しました。 今日はラッキーデイだ!私たちがいい店を見つけましたよ! そこで、¥550のラフティーそばを食べました。満腹で名護の海洋博公園へ向かいました。
海洋博公園に到着した時もう2時を過ぎていました。私はちょっと焦ってきました。 実は私は今晩6時に恩納でエステの予約をしたので、ちょっと時間がぎりぎりになってしまいました。友達が写真を撮るのが大好きでゆっくりと撮っていたんだけど彼女に言う勇気がないので待つしかできなかった。けれども、彼女が私の予約を知っていたので時間を気にしてくれていた気がします・・・ちょうど5時に終わってくれました。
急いで走って、恩納のココガーデンスパに向かいました。 そして、ちょうど6時02分に到着して、2時間のコース頼みました。彼女は? ああー、幸いにも、このResortの上で結構格好良い喫茶店があるので、彼女はその二時間ゆっくりと雑誌を見たり、コーヒーを飲んだりして過ごしました。
2時間のエステは本当に良かった。 リラックスしたのはもちろん、精神的に落ち着いた感じがします。 終わった時には、「やばい!彼女を2時間待たせて、きっと怖い顔をしているわ・・」と私は独り言を言っていた。早速ロービーに行って、彼女と会った瞬間にほっとしました。 「どうだった?」 彼女の優しい声で笑顔を出した。
その後、食事は何処にするという悩みがあった。 もう8時半だから、店はきっと閉まるどころじゃないでしょう、と二人が思いました。 雑誌をみて、辺りの店を探し始めた。
そこで、変な名前の店が残波岬の近くにあるらしい。そして、ナビを不器用に使って店を目指していました。 しかし、9時くらい、ロイヤルホテルに到着しました。この辺りとマップは示していましたが、どう探してもなかった。 ゴーストレストランに成ったみたいね。 其の時、怪しいという感じがする居酒屋を見つけた。 二人のお腹の文句を言う音がしました。 考えないで、開いてそうな居酒屋に入りました。 変な店だった。 ポーラは、「ここってさ、キャラバンパークと似てない」と小さな声で言いました。 確かに普通の店と随分違っていました。 客はただ酔っている5人しかいなくて、メニューは全部で10品からしか選ぶことができないようでした。 と言っても、私たちは変な所では、何時でも面白いことがあると信じていて、ママとよばれる中年の女性を呼びました。 そして、彼女からおすすめは何かと聞いてみました。 「まあー、全部がおすすめですよ・・」とママが答えていました。 「あー、そうですか」と私は頭を掻きながら言いました。 結局、私たちは何も知らずに平仮名やカタカナで書かれたあれこれを頼みました。 意気揚々と私たちは頼んだものを待ちました。
次から次へと私たちが頼んだ食べ物が目の前に置かれました。 最初、「わあー!美味しそう!」とは言いませんでした。 が、二人とも最初の一口から全部を食べおわるまで、「Oh my god! 同じものを再び頼もうとした時、ママが別の物を紹介して、サービスの食べ物も食べさせてくれました。
そして、満腹でホテルに戻りました。 3月10日 江戸博物館たしか、一昨日から、花粉症という悪魔が私たちの日常生活の中に出現しました。この悪魔のせいで、鼻水は出る、目は痒く、のども痛くて、集中力というよりむしろ精神力に対する障害になるものです。 江戸博物館に行きました。東京では珍しく、大きい建物を見ると、ちょっと立ち止まってしまいました。強壮な壁を越えて、日本の歴史を歩きながら見ると、それが分かるようになってきました。 日本の建物を見ると、なんとなく「静かだなあー」と感じていた。大昔の日本に行って見たいなという感じもし、こんなに実感のあるものを作った人々は本当に偉いと思いました。そのため、外国から来た人々も、ちょっとだけ、昔の日本に旅行をすることができそうな気がしました。 さて、やっと沖縄への荷物も用意しました。これから一日しか残っていませんね。それに、日本語学校の方もいよいよ修了します。先生は私に一言、言わせようとしました。1.75年間の感情か・・・どういう風に纏めればいいのかしら・・・困るわね。 3月8日 夢音楽館私は2年前から今に至るまで、毎週楽しんで見ている番組「夢音楽館」があります。 が、先週、今週の木曜日がその番組の最終放送になることを聞いた時、悲しい、というよりはむしろ、ちょっとだけ、呆然としました。
2年の間、ストレスがある時に夢音楽館の番組を見ると、なんとなくストレスを解消し、ほっとすることもありました。 何故かと言うと、私が大好きな女優が出ているからです。 珍しくて、かっこいい女のひとであり、自分なりの番組をやっていた桃井かおりさんがいました。
彼女が一体どういう人かは分かりませんが、目の前で輝いている笑顔や、活発な性格は本当によかった。私もいい年になったとき、彼女のように笑えれば満足だなあと思います。
と言っても、私は日本にいればいるほど、自分の本当の性格がだんだん変わってしまうような気がします。それは良い事かどうか、よくわかりませんが。
まだ4年か。 今からの4年先のことを予想するのは怖いと感じています。 どんなに難しいのか、寂しいのか、私は考えたくないと思っても、考えてしまいます。
命の冬ではないのでしょうか。 それでも、道の末端では私と家族の幸せが私たちを待っていると思います、きっと。そんな輝いている幸せは「心の春」というものではないでしょうか、と思います。 そう思えば、道を歩んでいくのは辛くないと思いませんか。 桃井かおりさん、貴方は本当に最高です!
皆さん、できればとにかく今週の木曜日に御覧なさい!(私の大好きなChemistryも出ますので!) きっと心から楽しく笑うことができると思います!
3月7日 Catching upしばらく日記を書かなかったせいで、今さら書こうとしても書くのに大変困っています。 ちょうど二週間ですね。 さあー、この二週間皆さんどうでしたか。 先週は、天気や体の具合も変になりました。雨や雪も降り、風邪のため体力をなくすほど疲れました。 こういう変な天気は、恐ろしいですね。東京は2031年になると、夜になっても40度くらいの温度になると推定されていました。 其の時は、私がまだいるかどうかはわかりませんが、そういう可能性がある限り、なにかをしないと・・
先週、肩こりの痛みが耐えられなくなって、整体院に行きました。健康保険が使える整体院は大変珍しいのではないのでしょうか。幸いにも近くにあって、ほっとしました。
次から次、引越しもやっと終わりました。 まあー、ちょっとだけ残っていますが、近いうちにとりに行こうと思います。自分のうちじゃなかったけれども、離れたときはなんとなく寂しいと感じました。もったいないなーと私は思いました。二年間の安全な生活や、いい思い出をいっぱいくれて、ありがとう。正人と真弓さん、本当にお世話になりました。良いルームメイトを探すのは容易なことではないけれど、貴方たちと一緒に暮らしてよかったと思います!
さて、今週の週末ですが、私とポーラさんは土曜日に沖縄に出発することになりました。 楽しみにしているあまり、毎日仕事をしていても、いらいらしてしまいました。私は沖縄で、何日に何時になにをするかを詳しく計画しました。それは私の悪い癖なのです。予定は必ず変わると思いますが、計画ができたというのは、情報をよむ、時間と距離を考えることの結果です。そのため、色々なことをよく知るようになり、安心な旅ができるようになると信じています。
ちょっとだけ、
じゃ、今日は学校だから、早く寝なきゃ・・・ 3月2日 嘘ついた!ごめんなさい!!2月28日に戻ると書いたが、寝る暇のないほど忙しがったので書きませんでした。 今でも疲れているので、あまり書きたくないです。 けれども、一応近況を述べても良いかなーと思い、ちょっとだけあることを短文で記しましょう。 まず、 ・トランクルームに荷物を少しつつ運んでいます。 ・試験のことは、一応終わりましたが、結果はとっても良いとおもいませんけど、まあー 大丈夫かなっーと思いました。そして、来週の金曜日に修了式を学校で行うことになりました。 (よかった!!一年にしてやっと日本学校で卒業できるようになりました!!(;_;)) その後、 ・沖縄の旅も決めました。 来週の土曜日にPAULA と一緒沖縄に行って、名護に泊まるようになりました。三泊四日の旅に大笑いであちこちに遊んでいくと思います!! それじゃあー、また月曜日ね!
2月21日 2月22日からー28日まで大変だ!来週月曜日は日本語学校の修了試験だ!私は今日から来週の月曜日まで、そのテストのために勉強せざるを得ない。 ですから、このブログの記事を休みます。 その後、絶対に沢山面白いことを述べるように頑張ります! Wish me goodluck for the final test!!
一週間のこと先週本当に疲れていました!あまり寝ていなく、肩凝りの一週間でした。 悪循環のように自分の生活の周りの物事も変わってきました。 その変化のひとつとして、一人の友達を失ってしまい、一人のプライベート生徒が辞め、頭痛もあったりでした(Migraineというもの)。 これが悪循環でなくてなんだろう?! 私は悪い人間だ! 30歳も過ぎたのに、何時も何かをばっと言ってしまう。率直過ぎでした。 悪意はないのに、なんとなく他の人は私が悪いと思っている、と感じています。 多分、日本では、英語の先生だったとしても本音を言うのはいけないということでしょう。 そして、私も決心しました。 今から、生徒に本音で言うことを止めます。 土曜日、プライベートレッスンをやったあと、ちょっと落ち込んでしまいました。 それは、疲れたからかも知りません。 日曜日は、やっと見つけることができた蔵前にあるトランクルームを見学しに行きました。 前の会社と違って、とっても親切なおじさんが案内してくれて、説明もよくしてくれました。大変嬉しかった私は直ぐに契約しました。 ほっとしました。 本当にありがたいです。 トランクルームのことも心配なくなりました。 それから、三月の上旬に引越しをし、四月七日に大学の入学式を神田キャンパスで行うことになりました。楽しみにしています。 さらに、オーストラリアで私のことをずっと応援してくれた日本人の友達(Yuki ちゃん)は、やっと仕事をオーストラリアで見つけることができました。おめでとう!!! 私たちの年初の3か月の洗礼でしたね・・・ その言葉と似ていることを日曜日の夜にしました。お台場にある温泉物語というところに行きました。 大勢の人がいましたので、とっても煩かった。が、気持ちよかった一瞬間があったのはよかったと思いました。 ところで、そんなに外国人が多いとは想像しなかった。驚くほど多かった。(だから煩かったと感じたかも知りません。) (吐息をつく)もうこんな時間になりました・・・月曜日午前1.20です! 早く寝なきゃ! 2月17日 痛いまた痛い!!昨日は肩凝りのせいで私ちょっと不機嫌でした。 早く寝ようと思いましたが、結局2時頃に寝ました。 そのため、 今日は肩凝りだけでなく、頭痛もありました。 これが過労病でなくてなんだろう! 毎日、早く起きて、勉強をし、仕事をした後家へ帰って色々なことを整理して、またベッドに入って寝る。何もしていないみたいけど、本当に疲れていました。 これといってすることもないので今日は早く寝ますよ!
明日は晴れでしょう・・
学校の方は普通に通って (今日クラスに4人しかいなっかた!!) その後プライベートのレッスンをやりました。
ところで、今の生活にうんざりしていたので、日本語学校修了後の旅を考え始めました。 仕事ばかりで遊ばないと退屈な人間になるから、自分なりの旅を考えて沖縄にしようと決めました。 時期はまだ決まっていませんが、大体3月の中旬と思っています。大変楽しみにしています!
さて、トランクルームの件ですが、Eメールした会社はやっと返事をくれました。 Eメールの内容から、ほとんど断ることはなさそうでした。
2月16日 韓国毒!!やばい!!韓国のものが段々好きになりました。 韓国の歌やドラマなど、今すごく大好きです!韓国の友達も・・・ 今は、自分の日本語がおかしくなるくらい、大体毎日、韓国語の歌を聞いています でも本当にそういう音楽を聞くと、私は落ちつくことができます。そして聴きながらすやすや寝ることができます。 たしか、ときどき良い夢もありました。
肩が凝ったので今日は大変疲れていました。 幸いにも、私はあまり忙しくなっかた。 けれども、 毎年そうですが、来月から生徒が増えてきて (皆は新年度となると英語の勉強をし始めることが多いからだと思います・・)暇な時間が消えるかも知れませんね。 まあー、そうなっても、楽しくなるかも知れないですね。
夕焼けは綺麗でしたか? ある中国語のことわざにこういうことが載っています: 夕陽無限好 可惜近黄昏 発音は分かりませんが、文字通りの意味は、すべて美しいことは終わるのが早いので、残りは悔しい感じばかり・・・かしら・・
2月14日 Happy Valentine's Day!
あいにく、最近夜になると、何となく不安で眠れなくなりました。
トランクルームをレンタルしたいから、ある会社にEメールで申し込みました。が、2週間以上何も返事をくれませんでした。そして、電話で尋ねました。 その結果、私が外国人ということで契約を断わられました。理由はただ、この一つでした。 そうだ・・明日週末の写真を貼るので、楽しみにしてね!! 2月11日 もう解りました!今日は普通と違って、私は早めに学校に行きました。 すごく眠かったけど・・・ 一週間ぶりにKK先生とあって “先生になって仕事を一生懸命やってきました。しかし、ある学生さんが苦情を言う。 そういうことは珍しくはない・・でも、自分がそのことに対して “あー、勉強になりました!”という気持ちで認めればよい” と言いました。 その後、5年間同じ職場で働いていた同志に、何件の苦情を受けましたかと聞きました。 私のイメージでは彼はとってもいい先生であり、それに、彼はもとは職場のトレーナーでした。ですから、生徒たちは彼に、苦情なんか言わないのではないかと思いました。 それなのに、彼は多数の学生から苦情を受けることもありました。 面白かったのは、彼はとっても気軽で “勿論誰でもあるよ!”と答えていました。 そうかな・・?
でも、やっと解りました。 今は、私にとっては、10人の中で一人の学生が“今日の授業は楽しかった、勉強になりました!”と言ってくれれば、私の仕事への努力は無駄ではない。きっと意味がある、と思うようになればなるほど楽しいと思っています。
今日は三連休の初めの日です。 が、私の仕事は山の様に多くて、休みたいとっても、休むわけにはいかないです。 けれど、一応新年なので、日曜日友達と一緒に横浜の中華街に行く予定があります。楽しみにしています!
もう寝る時間なので、私の頭もスイッチオフします。 ですから・・・お休みなさい! 皆さん、三連休を楽しみにしてね! |
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